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時間

印刷用ページを表示する 掲載日:2016年7月15日

時間の使い方は いのちの使い方である

 時間というのは確かなもので、確実に過ぎてゆき、そしてまた、確実にやってきます。

 そもそも私たちは、この時間がなければ存在できない世界に生きているのです。同じ時間、同じ空間に複数のものが存在するということはできません。しかし同じ空間であっても、そこに時間という概念があることによって、異なるものが入れ替わり存在することは可能です。今この場所にいた人が、1時間後に別な場所に移動し、1時間後この場所には別の人が立っていた、などということが実際に起きています。これが私たちが生きている現実の世界で、至極もっともな姿であります。

 しかし時間は、私たちの意志とは関係なく、刻一刻と過ぎてゆき、また刻一刻とやってくるのです。

 そこで重要になってくるのが、活きた時間の使い方です。私たちはただ漫然と時を送り、いつか気が付いた時に、何年または何十年と時間が経過してしまっていた、などということが起こってしまいます。その中でいかに自分の意思ある生き方をしていくか。悔いなく、一日一日をいかに精一杯生きていくか。そんな生き方が、自分に対して正直な生き方となり、悔いのない生き方に繋がっていくのではないかと思います。

 ノートルダム清心学園理事長の渡辺和子氏がこんなお話をしています。「時間の使い方は、いのちの使い方である」と。「つまらないつまらないと、考えながら過ごした時間は、その人の人生の中につまらない時間として刻まれ、『お幸せに』と願いながら過ごした時間は、愛と祈りのこもった時間として残るのです」「どんな仕事をしているかが尊いことではなく、どんな思いで仕事をしているかが尊さを分ける」と。この言葉を胸に、日々真面目に謙虚に、大切な時間を全うしていきたいものです。

広報あさひまち 2016年7月号より

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