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「駿河之島」が誕生!!大沼の浮島「島まつり」

印刷用ページを表示する 掲載日:2013年7月21日

 町情報交流推進員の橋本です。

 平成25年7月21日、大沼浮島の「島まつり」に参加してきました。

 

 豪雨災害で、県道左沢浮島線、町道大暮山線が寸断され、大谷方面との往来が遮断されています。

 そんな大変な状況の中でも、まつりの開催を決めた大沼地区の人たち。地域の伝統を守ろうとする熱い思いに胸が打たれました。

◆場所


より大きな地図で 大沼の浮島 を表示

※平成25年7月18日の豪雨災害により、アクセス道路の一部が通行止めとなっています(7月26日現在)。

現地を訪れる際は、最新の道路情報をご確認ください。

問合せ先 朝日町建設水道課(67-2115)

≪関連リンク≫

大沼の浮島を観る(町エコミュージアム協会HPより)

動画(youtube)

DSC_6404.jpg

午前9時30分頃、大沼地区に到着。まずは浮嶋稲荷神社へ参拝

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 白鳳9年(681年)山岳修験行者 役小角(えんのおづぬ)により発見された

「大沼の浮島」

その後、弟子の覚道(かくどう)によって浮嶋稲荷神社が建立され、

以降は祈祷所として大江家、最上家など歴代の領主の保護を受けてきました

看板2.jpg

江戸時代以降は村全体が幕府の朱印地(※1)となり、徳川将軍家の祈祷所として

同家の安泰を祈願するとともに、別当(※2)である大行院は6年に一度(丑年と未年)

歴代の将軍に謁見して御守札を献上し、時服(※3)を拝領するのが通例でした

※1 朱印地…江戸時代に幕府・大名より神社・寺院の領地(寺社領)として安堵(領有権の承認・確認)された土地のこと

※2 別当…寺社で執務を統括する者

※3 時服…朝廷や将軍などから賜る衣服

二度目.jpg

修験者が祈祷していたことを物語る護摩檀

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前置きが長くなりましたが、いざ大沼へ

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大沼の浮島は、沼に浮かぶ大小様々な「島」がシンボルですが、

島は冬の間に根を張り、岸に張り付いてしまいます

「島まつり」とは年に一度湖畔から新たに「島」を切り出す神事で、

到着した時は、ちょうど島が切り出されたところでした

神事開始

午前10時30分頃、沼の湖畔で神事が始りました

 玉串の奉納

浮嶋稲荷神社の宮司が玉串を奉げます

浮島雅楽保存会

浮島雅楽保存会による雅楽が厳かな雰囲気を演出

鈴木町長

新しい島の名前を揮ごうするのは、来賓の鈴木町長

※切り出された島には、その年の恵方に位置する旧国名にちなんだ

名前がつけられます

一年間の家内安全・繁栄を祈祷するものです

命名「駿河之島」

今年の恵方(縁起の良い方角)は南南東

これに、富士山の世界遺産登録にちなみ、

島は東海道地方の旧国名「駿河之島」と命名されました

駿河国・・・現在の静岡県中部・北東部付近

 木製の札

鈴木町長が揮ごうした木製の札は

駿河之島

新しい島に立てられました

氏子と浮島

その後、島は氏子に引かれ、湖面中央へ浮かべられました

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