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歴史的な建造物の現地見学会&シンポジウム

印刷用ページを表示する 掲載日:2015年11月16日

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 町内にある歴史的建造物を巡る見学会が11月15日、NPO町エコミュージアム協会(長岡信悦理事長)の主催で行われ、約30人が参加しました。
 国指定重要文化財の佐竹家住宅(夏草)をはじめ、町内には興味深い歴史的建造物が多数存在する朝日町。今回の見学会では佐竹家のほか、県指定有形文化財1件、町指定有形文化財2件を含む10件を、同協会の長岡理事長の解説付きで巡り、その歴史や価値、魅力を学びました。
 見学会終了後には、見学施設の一つJAさがえ西村山西五百川支所を会場に、シンポジウムを開催。山形県文化財保護審議会の委員で、山形工科短期大学校(長井市)副校長を務める小幡知之氏を講師に、佐竹恒夫氏(佐竹家当主/夏草)、長岡米吉氏(常盤区元区長)、成原千枝氏(星の会代表/前田沢)が意見を交わし、地域に宝を未来に伝えるためにすべきことを考えました。
 パネルディスカッションでコーディネーターを務めた長岡理事長は歴史的建造物を維持する苦労に理解を示しつつ、「いろいろな人がつながることで、新しい出会いや交流、刺激が生まれる。町内外のいろいろな人と関わり合いながら、これからも守り伝えてほしい」とまとめました。

 見学した建物の一部を紹介します。

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旧和合警備所(宿)。昭和10年(1935)建築。養蚕業が盛んな時代は、火の用心のため

春蚕・秋蚕時に10日ほど消防団員が交代で詰め、夜警(寝ずの番)にあたっていたという

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旧高田家住宅(現今井家/新宿)。今井治郎三郎家の生糸工場があった新宿地区は

特に養蚕業が盛んだった。屋根構えの大きな家屋が多く残っているのは屋根裏を蚕室に

使っていたから。特に大きな屋根の高田家は蚕の種屋を営んでいたとされ、遠方からも業者が買い付けに来ていた

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旧新宿警備所(新宿)。明治期の建物と推測され、火の見櫓として使われていた

扇形の窓など個性的な意匠がある。現在も小型ポンプの格納庫として利用されている

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旧宮宿郵便局(大町)。大正13年(1938)年完成。1階は郵便局、2階は電話交換室として利用されていた。

洋風の外観やトタン屋根、モルタル吹付の外壁は当時かなり珍しく、人々の目を引く建物だったという

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西五百川小学校旧三中分校(八ツ沼)。明治15年に建てられた県内唯一の木造三階建て木造校舎。

白壁に大きな丸窓をはめ込む「擬洋風的建築手法」を用いた作りになっており、丸窓から見える町西部方面の

素晴らしい風景を眺めることができる。朝日町指定有形文化財。山形県指定有形文化財。

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特徴的な丸窓。外には宮宿方面の景色が見えます

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中には閉校当時のこのような黒板も残っていました

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水口十一面観音堂(常盤)。かつて栄えた朝日岳信仰の第一遥拝所。 宝暦5年(1755)に

当時の大庄屋佐竹長右衛門が中心になり再建した。江戸中期の代表的な三間堂だが、

言い伝えによると旧観音堂は八間堂であり、現在の場所の裏山南斜面にあったとされる。

朝日町指定有形文化財。五百川三十三観音第1番札所。

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JAさがえ西村山西五百川支所。昭和3年(1928)年、有限責任西五百川信用購買販売利用組合の

創立20周年事業で建てられたもの。当時としては珍しい鉄筋コンクリート造で、

全体的にアールデコ調のデザイン。丸いステンドグラスなど、随所に洋風の装飾が見られる

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シンポジウムで講演する山形工科短期大学校(長井市)副校長の小幡知之氏13

その後のパネルディスカッションでは、NPO法人町エコミュージアム協会の長岡理事長(左端)をコーディネーターに、

佐竹恒夫氏(佐竹家当主/夏草=右から3人目)、長岡米吉氏(常盤区元区長=右から2人目)、

成原千枝氏(星の会代表/前田沢=右端)が意見を交換しました。

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